ラプターズのロールプレーヤーである渡邊雄太は東京五輪で主役の1人へと飛躍する

A Japanese translation of a guest post by Shotaro Honda Moore about Yuta Watanabe and the future of Japanese basketball.

著者:本記事は東京五輪を取材している日本のスポーツジャーナリストであるShotaro Honda Moore氏による寄稿です。

翻訳:Raptors Info Japan

The following is a Japanese translation of an earlier article titled Raptors Role Player Yuta Watanabe Jumps to Co-Star at Tokyo 2020.

渡邊雄太はNBAでロールプレーヤーとしての位置を守ることができそうだ。積極的にリバウンドを獲り、ディフェンスでは動き回り、年間最優秀新人賞候補にダンクを食らうことを意味していようとショットを止めに行くことを恐れない。昨季はスリーを40%で決めゴール下では60%でショットを放つなど、まずまずのショット力を持っており、自らの比較的小さな役割を理解した上で喜んでその役割を果たしている。

しかし開幕間近の東京五輪では、渡邊は同じ日本人NBAプレーヤーであるワシントン・ウィザーズのフォワード、八村塁とともに、日本代表のためによりはるかに大きな重荷を背負わなければならないだろう。

渡邊と八村にとって幸運なことは、バスケットボール男子日本代表への下馬評が比較的低いことである。オリンピック前のランクでは最下位のチームには金メダルはおろかメダルを獲得することも、誰一人予想していない。むしろ、日本代表のファンが期待しているのは単純な良い試合、面白い試合なのだ。圧倒的な強さを期待されているアメリカ代表とは異なり、日本代表はただ競争力を示し、自分たちがふさわしいことを証明すればよいのである。

渡邊と八村のオリンピックでの成功は、このプログラムが持続可能なものを構築していることを示しており、それが日本国内でのバスケットボールの継続的な成長に寄与することになるだろう。実際のところ、東京五輪は日本のバスケットボールの未来に向けたまさに記念すべきスタート地点となるかもしれない。

トップリーグでの活躍

バスケットボールの歴史において、2つの集団がNBAを支配してきたことは周知の事実だ。もちろん、アメリカ人とヨーロッパ人である。そのため、東アジア系の選手はリーグの歴史の中であまり登場しなかった。当然ながら偉大なヤオ・ミンの存在や(ジェレミー・)リンサニティーが輝いた瞬間はあったが、ほとんどの場合、アメリカやヨーロッパのトップレベルのリーグでは東アジア系のアスリートが目立つことはなかった。活躍が少なかったからといって、東アジア系の人々がバスケットボールの夢を追いかけることを必ずしも妨げていたわけではないが、それが可能だという自信には繋がらなかったはずだ。

あなたは渡邊や八村以外の日本人NBA選手の名前を挙げることができるか?きっと時間がかかるだろう。それはおそらく、NBAに進出した選手がこれまで一握りしかいなかったからだろう。最初の日本人ドラフト指名選手である、岡山恭崇(1981年8巡目)と、直近の八村塁(2019年1巡目)の間で約40年の隔たりがあった。.

渡邊と八村以前にNBAで最も活躍した日本人選手は田臥勇太で、2004年にサンズで短期間のみプレーし、わずか4試合の出場だったもののNBAでプレーした初の日本人選手となった。そのため、日本の若者はNBAでのロールモデルを失っていたと言っても過言ではないだろう。

スポーツの成長

日本のオリンピック出場は確かに国内の支持を高めるための大きな一歩であるが、実際のところ開催国枠の関係で与えられた出場権である。事実、バスケットボール男子日本代表はFIBAのランキングでは世界42位で、1976年以来オリンピックに出場していない。そのためこの五輪出場は良いことではあるものの、日本のバスケットボール界はオリンピック出場が当たり前になることを目指している。そのためにカギとなるのは、若者の参加を増やし,国内で若い才能を育て、このスポーツを職業として追求する道を拓くことだ。

前述のNBA選手2人の活躍で日本のバスケットボールが最近はメディアで取り上げられているが、実は日本でのバスケットボールへ参加する人が最も多かったのはマイケル・ジョーダンとシカゴ・ブルズの熱狂による1990年代だった。よく書かれているように、ジョーダンは魔法のような活躍でNBAとバスケットボールというスポーツの世界的な成功の多くを築き上げた。ここ日本でも、若者から大人まで参加者が急増した。しかしジョーダンの引退後、多くの人々がバスケットボールへの興味を失い、コービー・ブライアントやレブロン・ジェームズといったスターは登場したものの、日本のファンたちが戻ってくることはなかった。

渡邊や八村のおかげで日本での注目度が上がっているだけではなく、最近は楽天やアシックスなどの日本企業もバスケットボールグッズの生産を強化している。直近では日本の若手バスケットボール選手である河村勇輝と 共同で専用シューズを発表した渡邊雄太のジャージは今年日本で最も売れた人気のバスケットボールジャージにもなり、八村はエア・ジョーダンとシューズ契約を結んで自身のブランドであるブラック・サムライを立ち上げた。

バスケットボールのアパレルやグッズの販売はスポーツの成長において重要であり、特にカジュアルな消費者の目に触れる機会が増えるものの、渡邊と八村が先頭に立っている日本のバスケットボールの活性化の成功は日本の才能を育てるためにどのような国内システムを導入するかにかかっている。アメリカとスペインがともにトップレベルの代表チームであり、経済的に成功を収めた二大プロリーグが存在することは偶然ではない。

Bリーグ

Bリーグは日本国内のプロリーグだ。Bリーグは独立運営されていたbjリーグとFIBAが運営していたNBL(ナショナル・バスケットボール・リーグ)が2016年に合併して創設された。この2つはFIBAが2014年に日本の国際大会出場を禁止し運営に圧力をかけたため、合併せざるを得なかった。これはFIBAによる大胆な措置のようにも思えるが、結果的には両リーグが一緒になり国内でより強い存在となったのだ。

Bリーグは世界中の他のリーグと比べると上位のリーグと考えられてはいないが、 選手へは生活に必要な賃金を提供している。 そのため国際的なタレントたちからも注目され始めている。これはもちろんリーグ全体の競争力を高めるために必要なことだが、それ以上に重要なのは夢をあきらめていたかもしれない日本の若きバスケットボール選手たちが日本を離れずに夢を追いかけられるようになったことだ。

これは日本代表チームの構成を見てもわかることだ。日本人選手の中にはオーストラリアやアメリカなど海外のリーグでプレーしている選手もいるが、富樫勇樹や比江島慎、金丸晃輔といった選手たちは皆Bリーグでプレーしている。このことは国内のトップリーグでプレーするこういった選手たちが既にオリンピックのロスター入りするだけの実力を持っていることを示しているのだ。

毎晩にようにトップレベルの相手との対戦している経験とともに渡邊・八村コンビがチームを牽引し、国内で育った才能と相まって、東京五輪の日本代表チームは特別なものを見せることができるかもしれない。おそらく大会の最後に表彰台に立つことによってではなく、次世代の日本人選手のための基礎を築くことで、だ。長い目で見れば、それは渡邊雄太や八村塁がNBAの試合で活躍する以上に、はるかに大きな影響力を持つことになるかもしれない。

東京五輪の日本代表選手たちによる最終的な影響は時間が教えてくれるだろう、しかし日本のバスケットボールサポーターとしては無限の可能性に期待せずにはいられないことだろう。